ハンドクリーム(突発SS)。

ハンドクリーム(突発SS)。
「って」
「?どうした?」
書類を捌いていると、同じく来客用ソファで報告書の直しをしていた子供の小さな声が上がった。
「いや紙で手ぇ切っただけ」
金髪は振り返ることなく地味に痛いんだよなー、と左の指先を眺めた。
「珍しいな。手袋してなかったのか?」
普段は鋼の義手を隠すように両手に白い手袋を常備しているのに、と問うと、子供はんー、と失敗したと言う顔をしたまま今度は振り返った。
「逆剥けが出来てて引っ掛かるから外してたんだよね」
紙で切るのと逆剥けって地味な痛さでは良い勝負だよな、と笑う子供に。
「どれ」
引き出しから小さな丸い缶を出して、ソファに歩み寄った。
「?なに?」
「手」
「え?」
ポカンとした子供の左手を取って隣に座った。
「頂きもののハンドクリームがあるから塗ってやる」
空いた片手で缶の蓋を外した所で子供が我に返った。
「は?いーよ!」
と、断る事を想定して先に手を掴んでいたので、予想通り後ずさろうとした子供は動けずにバタバタとした。
「ほら、手を開いて」
促すと、こちらが引く気は無い事を察したのか、おずおずと手を開いた。
左の掌に彼の手を乗せると、すっぽりと収まるほどの小さな手だったが、子供らしくなく、逆剥けどころかあちこちアカギレも出来ていた。
「酷いな」
「うるせーな」
「年中旅暮らしだから致し方ないが、せっかくの生身の手を大事にしたまえよ」
嘆息混じりに言うと、子供は荒れた手が恥ずかしいのか、また別の恥ずかしさなのか、バツが悪いのか、少し色付いた頬で俯いた。
ゆっくりと擦り込むように丁寧にクリームを塗っていく。
小さな爪だな、と思いながら、逆剥けしている箇所をそっとカットして、指先に丹念に塗り込んでいく。
彼は居たたまれないのか興味津々なのか、俯いた位置から視線だけがこちらの指先をジッと追っている。
「・・・これ何の匂い?」
ふいにクンと子犬のように鼻先を近付けて、上目遣いに質問をしてきた。
「・・・」
「大佐?」
「・・・あぁ、何だったかな。蜜柑じゃなかったかな」
「へぇ。良い匂い」
更に鼻先をこちらの手の甲につける様子に。
「季節限定品だそうだ」
珍しく可愛らしい様子に一瞬固まったが、頂いた時に聞いた説明を告げる。
「え?限定品なの?いーよ」
慌てたように引っ込めようとする小さな手をぎゅうと捕まえた。クリームで滑るのだ。
「遠慮しなくていい。使い甲斐のある手に使われた方がクリームも幸せだ」
「はぁ?何それ」
クリームを擬人化したのが面白かったのか、子供がケラケラと笑った。
「ほら終わったぞ」
仕上げに本当は両手で揉み込むのが良いのだろうが、生憎彼のもう片手は機械鎧だ。
代わりに両手で小さい手を包んでやる。
「・・・サンキュ」
「どう致しまして」
照れくさそうに言う子供に笑いかけて。
「スベスベー。それにやっぱ良い匂い」
つるつるになった掌を閉じたり開いたりしている子供にポトリと丸い缶を落とした。
「なに?」
「あげるよ」
「え?いらねぇよ!限定品だろ?」
返すように突き出した丸い缶の乗った掌を無視して、逆に上から包むようにして缶を握らせた。
「良い匂いだからと言って食うなよ」
「誰が食うか?!」
からかいまじりに言うと、子供が反論してきたので、笑って執務机に向かった。


旅先で匂いが香る度に思い出すと良い。
その掌のように傷付いた時は優しく包んであげたいと思っている人が居ると言うことを。



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またも現実逃避の通勤電車中の突発SSです。
原稿終わらず○| ̄|_
画像は姉に貰ったハンドクリーム。缶が何種類かあって可愛いのです。

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