1111*後編(SS)

1111*後編(SS)
「・・・」
「・・・」
どうして、どうしてこんな事態になっているんだ。
エドワードは声が出せないまま、ううううう、と心の中で唸る。
目の前にはいけすかない上司。いけすかないだけあって、普段から敬遠して過ごしている。なのに、なんで。
今、この男との距離が10センチ弱程しか無いのだろう。
しかも身体の距離でなく、顔の距離が。
ううううう。
と、エドワードはまた心の中で唸った。
二人の間のポッキーがエドワードの唸りに合わせるかのように小刻みに揺れる。
口の周りに溶けたチョコレートが少し付いた。チョコは好きだろう?とチョコレート側を口に突っ込まれたのは、5分程前だろうか。
5分前。
なんで、なんで勝負を受けてしまったのだ。
と言っても、自分が受けて立ったのだが。
なんで内容を言わなかったのだ。内容を知っていたら。
と言っても、内容説明を拒んだのは自分だ。
勝負放棄・・・もしないと言ったのは自分だ。
どうしたら、この状況を打破出来るんだ。
ううううう。
何度目かの唸りをしていると、
「・・・ふっ」
目の前の男が息だけで笑った。
しかしその息が届く、距離にいるのは一体どういう事だ?と考えるのも不毛だ。
ぐぬぬぬぬ、と視線だけで睨むと今度は男は目だけで笑った。
悔しいことに身長差がある筈のこの男と目が合っているのは、1つのソファに並んで向かい合うように座って、男がゆったりと斜めに背もたれにもたれているからだ。
その、背もたれに伸ばした彼の腕がこちらの肩の位置に悠に届いて、肩の裏、肩胛骨のあたりに彼の指先が触れたり離れたりしている。
「!」
その手が、肩を伝い、そのまま腕を滑り左手を取って来た。視線は合わせた、まま。
(リタイヤするかね?)
ロイが掌に文字を書いて来た。
お互い喋れないからだろう。
(断る)
速攻、こらも彼の掌に返事をする。
本当はこの状況を早く終わらせたかったが、リタイヤはしないと誓ったのだ。この男に勝負として負けるのは嫌なのは勿論、何となく、何となくここで止めるのは別の何かの勝負に負ける気がするのだ。
(そろそろ飽きたのだが)
(じゃあアンタがリタイヤしろ)
(それは断る)
お互い筆談で返す。こんなに顔が近いのも初めてだが、こんな風にロイの手に触れるのも初めてだ。視線を落とせないので実際の比較は分からないが、意外と手が大きいことに気付いた。
(しかし、そろそろ会議なのだよ)
(だからアンタがリタイヤしろ)
(それは断る。君が勝てば良いだろう?)
(う)
自分からは絶対負けない。
しかし、自分から勝ちを取りに行くのもリスクがある。
視線をチラと口元に向ける。最初に付けた真ん中の印がロイ側に。
この線に一番近くまで食べたら勝ちとしよう、とまだポッキーをくわえる前に男がさっさと説明し爪で傷を付けたものだ。
そして、男はくわえると同時に後2センチの所まであっと言う間に食べた。
チラと、ロイの口元に視線を向ける。
薄い形の良い唇には微かなチョコレートの跡。自分同様、体温でチョコレートが溶けてくっついたのだ。クールな男にしては珍しい状態。
その口角は僅かに上がって楽しげだ。スッと通った鼻梁。本人が密かに気にしている通りの年齢を感じさせない象牙色の肌。漆黒の・・・瞳。
が、じっとこちらを見てドキリとした。
クソっ、無駄に顔が整ってやがる。
今までちゃんと見たことは無かったが、確かに女性に騒がれる通りの整った顔立ちをしてるのだ、ロイは。
それからこの国では珍しい、黒曜石のような瞳。
・・・黒い目って言うのも綺麗なもんだな、と見ていると、
吸い込まれそうだ、と思っていると、
(チェックメイト)
掌にそう書き込まれたと思ったと同時に、黒曜石に吸い込まれて。
パキン。
「甘いな」
ペロリと唇を舐められていた。
「え?」
あれ?声が出る。ポッキーは?
と思っていると、
「あぁ、ここにもチョコレートが」
ペロ。
「ふぇ?! うわっ!」
唇の端も舐められて、慌てて飛びのくが、ソファにすぐ阻まれ、
「んっ、うんっ・・・ぅ」
ロイに食べられるように唇を貪られる。
甘い、チョコレートの匂い。
「あ・・・は」
「私の勝ち」
唇が離れて、息を切らしていると、至近距離の男が宛然と微笑んで立ち上がった。
「さて、会議に行ってくるよ。お菓子は君にあげよう。私はもっと甘いのを頂いたからね」
カタン、と机にポッキーの箱を置き、
「いつでも再勝負、待っているよ?」
と言葉を残して、それから
「あぁ、君がポッキーでも良いな。その服装、ちょうど身体がチョコレートのようだし」
などととんでもない台詞を付け足してロイは執務室を出ていった。

「誰がポッキーだ・・・」
口をゴシ、と拳で拭う。
甘い、チョコレートが手の甲について、チョコレートが付いていたロイの唇を思い出させた。
甘い・・・唇。
甘い、口付け。

「・・・ちっくしょ」
後には、ソファにポッキーの様にバタリと倒れたエドワードが残った。


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遅くなりましたが、ポッキー後半戦、基い、後編でした。
お約束にベタ〜な感じで(笑)。
兄さんはうかつな所が可愛いと思うのです(笑)。

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