七夕の夜に。(SS)

七夕の夜に。(SS)
初夏の夜。
「うーん、曇って来たなぁ」
報告書チェック待ちに飽きて、ロイの背後にある大きな窓に近づく。
天文は専門外だが、ぼんやりと星空を眺めるのは嫌いではない。
だが。
「雨、降らねぇと良いんだけど」
夜目にも分かるもったりとした空。星が見えないのは少しばかり残念なのだが、
現実問題として宿に帰るまで保って欲しいと言う気持ちが勝る。
「君が帰る頃までは保つだろう」
不意に背後から声が届いた。ロイだ。
「分かるの?」
「まぁな」
「あ、そっか、アンタ雨の日…」
「うるさい」
無能、と言いかけたら、不機嫌そうに遮られた。
「ほら終わったぞ」
「ん」
回転椅子をクルリと反転させ、ロイが紙束を渡してきた。
「60点だな」
「えー、こんなに分厚く頑張ったじゃん」
「誤魔化しがイマイチ。隠したいのなら徹底的に隠せ」
南の件、聞いているぞ?と書類をトンと突いてきた。
「…わーったよ」
「まぁ、隠した所でそれなりの罰は負って貰うがな」
「えー?!」
「当たり前だ」
上司への隠ぺいだろう?と、呆れたように見て来た。
「ちぇー」
昨夜どうにか辻褄を合わせたと思ったのに。
何故バレるのだろう、とエドワードは返された報告書をロイの机に置いた。
「それにしても年に一度の日だと言うのに、天は味方してくれなかったのだな」
ロイがギシリと音を立てて椅子から立ち上がり、自身の背後から窓の外を覗き込んだ。
「年に一度?」
「今日は七夕だ」
「あー。そう言えば」
七夕。織姫と彦星の年に一度の逢瀬の日と言う伝承。
「去年も曇っていた気がしたな」
「覚えてんのかよ?」
「いつも余り晴れない印象がある」
きちんと調べた訳ではないが「今年も晴れなかったな」と毎年思っている気がする、とロイが続けた。
「折角会える日なのに?」
「空の機嫌を損ねる事をしたのかな?」
川を渡してくれないのは、とロイが闇夜に負けない位の黒い瞳で星を見つけるように目を凝らした。
「…彦星が何かやらかしたんじゃね?」
で、織姫が怒ったとか、と笑う。
「織姫が素直になれなかったのではないか?」
久しぶりで恥ずかしがったとか、と笑いかけて来る。
含みのある、言い回し。
「君みたい…」
「雨が降る前に帰るぞ!」
碌でもない事を言いそうなのを遮った。のに。
「私の家に?」
「!」
やはり碌でもない事を言った。
「うるさい」
「では宿に?」
「…っ」
久しぶりの、逢瀬。
織姫と彦星程ではないけれど、本当に、久しぶりなのだ。
一緒に居てもいいのか、…泊まっても、良いのか、それが言いだせないまま、迎えた夜。
「…君も年に一度位は素直になってくれると嬉しいね」
まぁそこが可愛くもあるのだけれどね、と楽しげに笑って、前髪を梳いた。
ロイの指先からポロポロと涙のように零れ落ちる、金髪。
「さ、天の川が零れ出さない内に夜食を買って帰ろう」
気障なセリフに混ぜながら、さりげなく帰る先が同じだと言う事を混ぜて来た。
「何が食べたい?」
「…あ、っと…、何でも…」
柔らかい笑みに、少し遅れて応えると、
「では、君の好きなカフェのテイクアウトにしよう」
自分の好みでまとめてきた。
「…」
「少し待っていてくれたまえ」
机を片付けるべく、再びクルリと椅子を反転させて背を向けるロイ。
青い空と黒い空のような背中。
一見冷たい色だけど、暖かい。
空に吸い寄せられるように、手を伸ばした。
「…ん?鋼の、どうかした…っ!」
時間にしては、ほんの数秒。
ロイの背中に抱き着いて。
それから、そっと離れる。
「…まぁ、年に一度くらいは」
多少、気恥ずかしくてロイの方を見ずに窓の空を仰ぐ。

すき。

たったの2文字。
中々言えなくて。
ロイの、耳に唇を当てて、伝えた気持ち。

「帰ろうぜ! 腹減ったーー!」
少しの照れを払拭するように大声を出して、窓から離れる。
が。
「大佐?」
ロイの動く気配がない。
「大佐? どうかした…?」
下を向いたままのロイの元に戻り、覗き込んで。
「えっ?」
「…見るんじゃない」
「え、いや、だって…」
珍しい光景に、どうしてもマジマジと見てしまう。

耳を抑えたまま。
ロイの顔は赤くなっていた。

「あぁ、もう…」
はぁーーー、と長い溜息を吐く男。
「…なんでアンタそんなに赤くなってんの…?」
正直その反応にビックリして首を傾げてしまう。
だって、言葉だってもっと沢山貰ったし、キスだってしてる。
それに、泊まる、から、その、もっと色んな事だってしてる、のに。
耳に口づけただけで、あのロイ・マスタングが赤面とは。
「…嬉しいからに決まっているだろう。…まったく君は…。本当に…」
不意打ちだ、とロイも空に目を逸らした。
「…アンタこそ、不意打ち」
こんなロイなんて、年に1度もあるか分からない。
「…そうかね?」
「そうだよ」
まだ頬を染めているロイに笑いかけると、ロイが困ったような顔をした。
「…七夕だからな」
ボソリと言うのに、可愛いと思ってしまう。
「七夕だからな」
ロイの言葉を繰り返して。

「大佐ー」
「ん?」
「かえろ?」
「………君、今日やたら可愛いじゃないか…」
ムゥ、と表情を誤魔化す為か口をへの字に曲げるロイに、爆笑した。


愛しい、人。
どんなに会えなくても、離れていても、ここに帰って来る。
1年に一度の逢瀬を信じている、二人のように。



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ギリギリ投稿〜。
七夕SS。
お話リハビリ中です_| ̄|○

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