その言葉一つで。(SS)

その言葉一つで。(SS)
ツイテない。

ここに来るまでに乗ってきた列車は遅れるし、満員で太ったおばちゃんに吹っ飛ばされるし、宿は手違いで取れてなかったし、ランチは1人手前でオススメメニューが品切れになるし。
くさってたらアルとケンカになるし、道で派手にすっころぶし、図書館行ったら臨時休館だし。
仕方ないから司令部行ったら門衛が新人だったのか子供が来る所じゃないと入れて貰えないし。
裏に回ってやっと入れてもらえたら裏庭の焼却用穴に落ちるし、トランクは締めが甘くて中身もぶちまけて泥まみれになるし。
シャワー室を借りたらお湯が出なくて水だし、いつも暖かいお茶を淹れてくれる中尉は非番でいないし。
司令室はいつものメンバーが出払っていて誰もいないし。

洗われている服が乾くまで仕方なく資料室の鍵を借りに来た執務室。
資料室ならなににも邪魔されることは無いだろうと踏んだのに。
鍵を借りるどころかいつも無駄に居る司令官の執務室のドアを開こうとしたらガチリと手のひらに返される施錠の固い感触。

「あー、もう!ツイテねぇ!」
思わず声にしてしまうと
「私に会えないのがそんなにツイテないかね?」
とからかうような声が背後から聞こえた。
「んな訳ねーだろ!」
と言いつつも本日初めてのヒットとも言え、内心すれ違いにならなくて良かったと思った。もう少し早くしびれを切らして立ち去っていたら会えなかっただろう。
脇をすり抜け手慣れた風に鍵を開けて入る男に続く。特に促されもしなかったが咎められもしなかったので入って良いものと解釈した。

「大佐、資料室の鍵貸して」
「開口一番それかね?外出していたんだ少しはゆっくりさせてくれ」
手を伸ばしたら苦笑され、ゆっくりしたいと意思表示した割に、座る前に備え付けのコーヒーメーカーのスイッチを入れた。
「しかしその格好はどうしたね?」
借り物のシャツ姿を指摘される。
「聞くな」
「あぁ穴に落ちたんだったな」
「知ってるなら聞くなよ!」
全くこの男は、とやはり一連のツイテなさを呪う。
「君の苦情を受けてフュリー曹長がシャワー室の配管チェックに行ったぞ」
「そりゃどうも」
「ついでにお望みの資料室は倉庫送り作業でファルマンが鍵を持っている」
「あ、そう」
て事は、外出していたロイに付いてハボックも外出、司令塔が不在でブレダ辺りが指示に回っているのだろうから全員見当たらなかったのだろう。
冷静に考えればそんな単純な理由。
だけど。
「ちぇ」
知らず漏れた諸々の不満の声に
「なんだ、不景気な顔をしているな」
「うるせーよ!」
ロイがからかって来たので噛みついた。
「まぁ少しゆっくりして落ち着くと良い」
と言って司令官自ら淹れたコーヒーを渡された。使わないから貯まったであろう大量のポーションと共に。
「・・・ども・・・」
そのまま執務机に向かうと思われた男は自身のカップも持ってソファの向かいに座った。
「アルフォンスはどうした?」
「・・・」
ケンカしたなどとわざわざからかわれるネタを振るつもりはないのでダンマリで誤魔化す。
が。
「何だケンカか」
「うるせーよ」
本日何度目かの悪態をつく。
すれ違わなくて良かったとは思ったが、この男のこういう所がまた癪に障るのだ。
やっぱ会わずに帰れば良かったと思ったが宿が取れていない事を思い出して唸った。
「なんだ腹痛か?我慢せずにトイレに・・・」
「ちげーよ!」
突拍子もない事を言うのに思わず顔を上げて怒鳴ると男は面白そうな顔をした。
「そうそう先日の報告書だがね」
「・・・先日?・・・あ」
先日の報告書と言えば。
結構メンドクサイ記述を数枚書き上げたのに、提出前に水をこぼして全部書き直しになったあれだ。
思えばここ数日のツイテなさはソレが発端だったような気がする。
「それが何」
チェックし直す時間が無かったから何か不備でもあったんだろう。書き直しの苛立ちもあって雑にもなったし可能性は大だ。
ついトゲトゲしく聞き返す。
しかし男から続いた言葉は。
「良く書けていたな」
「・・・へ?」
思いも寄らないものだった。
「なかなか面白い着眼点だったよ。君ならでは、と言った所か」
「あ、そう・・・」
「良く調べてあったし、さすが文献マニアだな」
「ども・・・」
最後の一言は微妙だが、全体的には誉められた。と、思う。
誉められた・・・?
この男、添削と因果関係の洗い直しや説教は良くするが、感情面での感想は殆どしないのだ。けなす事もなければ誉める事もない。
なのに。
滅多に誉める事のない男からの賛辞。
しかも苦労した報告書。
だから。
思わずニヤけてしまった。

チラと見やると穏やかな笑みを浮かべた男。
慌てて顔を逸らし。
---コンコン。
ノックが響いた。
「入れ」
「大佐、資料室の整理終わりました」
「大佐!シャワー室直りました!」
「大佐〜、焼却準備終わったんで早くパッチンして下さいよ〜。あ、あと新人の門衛訓練終わりましたって報告上がったッス」
「大佐、先ほどの図書館前の犯行予告、子供のイタズラでした」
「あ!兄さんやっぱりここに居た!ほら靴の金具!替えろって言ってるのに替えないから買ってきたよ!」
急にドヤドヤとやってきたいつものメンツ。
「ええい、いっぺんに言うな!」
賑やかになった室内。
「あぁそうだ鋼の」
「ん?」
部下に囲まれている男がチラリとこちらを見て。
「報告書に関連した文献を持っているから予定が無ければ今晩ウチに来ると良い。泊まっても構わんし」
「あ、うん・・・」

思わぬ宿確保や色々な本日のツイテない要因が取り除かれた事も判明したが。

何より。


男の誉め言葉一つで、実は気分は上昇出来ただなんて。


癪に触るので何だか認められない。


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まだまだ残業デーでパソコン触れてないです○| ̄|_
そんな多忙でヨレていた最中、拍手メッセージ下さったRさまありがとうございます!
レスはまた(絵日記で)改めてさせて頂きますね☆

その嬉しい一言が糧になるのです、と言うSSで(笑)。

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